最近、思い出すこと。
小学校4年生の時のこと。
父とリビングで話していて、私は機嫌が悪くなり、父に何かを言ってしまった。
どんなことを言ったのか、全く覚えていないのだが…
その時、母に呼ばれ、こんな話をしてくれたことを今もはっきり覚えている。
母が話してくれたのは、『長柄の人柱』の話。
私の記憶では
昔、川の氾濫が続き、長柄橋が流されて人々は困っていた。
役人が「どうしたものか?」と村の長に相談したところ、村の長は「袴につぎのある人を人柱にしてはどうか」と提案する。
役人が村人の袴を調べたところ、提案者である村の長の袴につぎがあり、人柱となった。
そのことを聞いた娘は悲しみのあまり、口がきけなくなり、困り果てた夫は実家に帰すことにした。
その道中で、草むらから雉(キジ)が鳴いて飛び立ったところ、夫は鉄砲で撃ち落とした。
その様子を見ていた娘は「雉も鳴かずば撃たれぬものを 父は長柄の人柱」と言った。
というもの。
「口はわざわいのもと」という戒めの民話だが、母からはそのことの他に、「自分の口から出た言葉に責任を持ちなさい。その言葉が人を傷つけたり、間違っていた時は、素直に謝りなさい」と教えられた。
子ども心に、父に対する言葉は間違っていたと思ったのだろう。
謝る私に、父は自分の過ちに気付いたことがえらい、と言ってくれた。
私の言葉はきっと叱られるべきことだったのだと思う。
でも、それを『長柄の人柱』の話で諭してくれた母。
間違いに気付いたと、ほめてくれた父。
「人柱」という言葉のインパクト。
さらに、言葉は、時に人の命に係わることさえあるという恐ろしさ。
叱られただけだったら、これほど記憶に残っていただろうか…
記憶に残してくれた両親には感謝している。
と、偉そうなことを言っているが、自分では言葉に気を付けていいるつもりでも、私の言葉で人を傷つけたり、嫌な思いをさせたことはたくさんあったと思う。
自分の言葉に責任を持って、嫌な思いをさせてしまったかも?傷つけてしまったかも?と思う時は、謝罪の気持ちを表してきたつもりでいるが…
今一度、言葉の”チカラ”を意識することを忘れずにいよう。
そう、思う。
大人になって、『長柄の人柱の碑』があることを知り、その逸話を調べてみたことがある。
推古天皇の時代(592~628)、現在の吹田市の垂水(たるみ)という村に巌氏という長者が居た。
当時、淀川に長柄橋を架ける計画があったが、急流なため工事がなかなか進まない。
そこで、役人が巌氏に相談したところ、巌氏は袴に継(つぎ)の当たった人を人柱になさればよいと答えた。
件の役人が見ると、巌氏本人が継の当たった袴をはいていたので役人は巌氏の意向をくみ、本人を人柱に選定したという。
この話には後日談がある。巌氏の愛娘・照日(てるひ)は北河内に嫁いだが、父が人柱になったショックで口がきけなくなった。
困り果てた夫は照日を実家に帰すべく垂水の近くに来たところ、鳴き声をあげて飛び立った一羽の雉(きじ)を射落とした。
それを見た照日は「ものいわじ 父は長柄の人柱 鳴かずばキジも射られざらまじ」(大願寺長柄人柱の由来)と詠った。
妻が口を開いたのを喜んだ夫は、雉を手厚く葬り、来た道を取って返して北河内に戻りその後仲良く暮らしたという。
吹田市教育委員会の「雉畷(きじなわて)碑」説明番は「鳴かずばキジも射られざらまじ」の部分が「雉も鳴かずばいられざらまし」となっている。
(出展:「なにわ大阪をつくった100人」)
「鳴かずばキジも…」「キジも鳴かずば…」は大阪では良く知られた伝説で、「口はわざわいの元」の比喩でつかわれているが、もう一つの伝説がある。
巌氏は自ら人柱になることを決意して、自分の袴に継があることを知りながら「袴に継の当たっている人を人柱に」と申し出た、というもの。
実際に、大願寺の『長柄の人柱の碑』に足を運んだことがある。
フェンスで囲まれて、その碑はひっそりとたたずんでいた。
横に建てられた説明板には、やはり巌氏は自ら人柱になることを決意していたことが記されていた。
「ものいわじ 父は長柄の人柱 鳴かずばキジも射られざらまじ」
私が今でもしっかり覚えているのは「雉も鳴かずば撃たれぬものを 父は長柄の人柱」
このように表記されている物は、私の知る限りなかった。
母が小学4年生の私が理解できるように、このように教えてくれたのか…
教えてくれた母から聞くことはもうできないのが残念でならない。
この記事を書くために調べて知ったのだが、長野県久米路橋にも人柱伝説が残っている。
こちらは、『長柄の人柱』とは少し内容が違う。
何度架けても流されてしまう久米路橋を鎮めるため、村人たちは囚人を人柱にすることにした。
ちょうど小豆を盗んでつかまっていた男がその犠牲となった。
男は幼い愛娘のために盗みを働いたのだが、幼い娘は「毎晩赤飯を食べている」と言いふらしてしまったために発覚し、父は捕まって人柱にされてしまったのだった。
父を失った娘はそれ以来、悲しみのあまり、一言も口をきかなくなってしまった。
ある日、娘がたたずんでいると、近くで鳴いたキジを狩人が鉄砲で撃ち落とす光景を目にした。
「キジも鳴かずば、撃たれまいに」
と、言って娘は再び口を閉ざし、それから一生口をきくことはなかった。
(出展:世界の民謡:童話)
久米路橋の人柱伝説も「口はわざわいの元」として伝えられているようだが…
「まんが日本昔ばなし」で『キジも鳴かずば』として放送されたようだ。
久米路橋の伝説ががモチーフになっているが、こちらでは「恐ろしくて悲しい話」とされている。
ソープカービング
暑い日々が続くので、ちょっと涼し気に
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